(続き)
「黙祷をお願いいたします」
黙祷。
人は日常があり、時に追われ、様々な事を考えて生きています。
作法を通して人間に、こころは宿る。
形式がある時、こころを感じる。
作法も形式も、美しさが宿る。
「心」という「器」の中に、注ぎ込めばいい。
人権とは、深い思いやりの心から生まれる。
思い遣りの欠如からは生まれない。
インドには、
人間を「海の波」にたとえた話があります。
「私たちは大海から生まれた
“波”のような存在。
波だけを自分と認識すれば
流れを失い孤立するが、
海の一部と気づけば、
内側から無限の力が湧き出し、
生命は響き合う」
ヨーガが説く宇宙エネルギー「プラーナ」も、
東洋医学の「気」も、目に見えない働きその
ものを重視します。
現代科学が、物質世界の法則解明に邁進する
一方で、東洋思想は、見えないけれども流れ、
働いている動きの感受性を大切にしました。
ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー
海の波のたとえ
宇宙を海にたとえるなら、
その海底はあらゆる根源が息づく場所。
私たちの意識は、深いところで一つに繋がる。(集合的無意識=ユング)
やがて根源が息づいて顕在化するとき、
竜宮城のような世界も現れるのかもしれない。
その海底から無限の智慧を引き出す、まるで
「打ち出の小槌」は、快であり、感謝。
生まれながらに救われているという概念。
閑話休題。
書籍を紐解けば、
橋本敬三医師の「息」指導とは、
寝る前の「腹式呼吸」でした。
一日の終わりに、ゆっくり長く吐ききる数分間の、腹式呼吸タイムを設けなさい、と。
ただ、空間の大気環境から受け取る。
実践し「からだ」に「ありがとう」を伝える、
サムシング・グレートとの「息」交換。
故に、「息」=「呼吸」とは言えない。
そこに「吸気」と「呼気」にメッセージ性を、
「呼吸」を感じるか「息」を感じるのか。
昨日は分からなかった事、
気付けなかった事を見つける愉しさを大切に。
真摯に「息」を受けて有り難く継承して、
橋本敬三先生の遺志を、成し成さんと検証し、
改めて認識して辿りついた真理であり、
人は、作法と形式を尊び、倫理になる。
自然法則の応用貢献に期待して頂きながら、
自然法則の応用貢献そのものだったのです。
(続く)