(昨日の続き)
実践するなかで感じられることはあります。
ゆっくりということばをきっかけにして、からだのリズムに意識が向き始める。
自分のリズムが先行して、からだのリズムのことなんか感じられていなかったことに気付く。
そういう意識の変化が起こり始めると、この自分とからだのリズムのずれというのは、実はからだにとって大きな負担となっているんじゃなかろうかということに気持ちが向いてきます。
そういえば、仕事などで根詰めた日々を長く続けていると、急に体調を崩して、休みをとることになる、そんなこともあります。強制終了の状態です。
これも先のズレのことに照らし合わせて思い返してみると、からだのリズムよりもだいぶ早いリズムで日々を過ごしていたことが続いた結果、臨界点をこえる前に、からだの方でもなにがしか間に合わなくなるのを防ぐために、自分の動きにストップをかけてくれていたのかもしれない。
そんな風にも感じられてきます。
結果的にゆっくりにならざるを得ない状況をからだの方から表現してくれている。
そんなからだからのメッセージとして、ありがたい現象として捉えることもできるのではないかと思います。
みなさんも体調が悪いときというのは、いつも以上にからだからの情報をキャッチしている状態ではないでしょうか。調子が悪いというのは決して、マイナスな現象だけではないのかもしれません。
自分とからだの調子が合うために必要な間のときなのです。
(続く)
数日床に伏して