(昨日の続き)
実践するなかで感じられることはあります。
ちょっと無理をすることが続き、からだの調子をくずす。
強制的にゆっくり休まざるを得ない時間を過ごしながら、からだの状況に意識を重ね、しばらく時間をかけながら調子を取り戻していく。そういう間のときというのは、実はとてもありがたいからだからの問いかけの時間なのかもしれません。
そんなことを懲りずに繰り返していると、少しずつですが反省する機会も積もり積もって、だんだんと無理な無茶をする前に自分を顧みる視点も生まれてきます。
うっかり根詰めすぎて作業しそうになっているときに、
「あ、ちょっと早すぎるかな。もうちょっとゆっくり取り組んだ方がよさそうだな」
そんな風に感じられると、一息つこうかなと思えて、目の前のことに向き合うそのリズムも少し見直してみようかと思えてきます。
リズムを変えて、ゆっくり目の前に取り組んでみようとすると、意外とそれまで取り掛かっていた時よりも充実感を感じながら向き合えている気がするものです。
ふと、さっきまでは息切れしそうな感じで急いで取り組んでいたのかなと。まるで他人事のように客観的にそれまでのことを感じていたりすることもあるから不思議です。
その延長で、ゆっくり取り組み始めると自分自身の呼吸が変化しているのに気が付くこともあります。浅かった呼吸が、深くなる。そんな変化を感じることもあり、最近では呼吸がしやすくなるなぁと感じることもあります。
からだにとっても自分にとっても呼吸がしやすい。
呼吸を介してからだと自分のリズムが重なっていることが感じられる。
シンプルな感触ではありますが、とても健康な状況だと感じます。
「ゆっくり」という問いかけは、目にみえない息(呼吸)という営みも通して、からだとわたしをつないでくれようとしてもいるのです。