(昨日の続き)
実践することで感じられることはあります。
息(呼吸)というとても身近で、根源的な生命の営み。
そこにも、ゆっくりということばはたしかに重なっているように感じられます。
ゆっくりという言葉をもう一度感じ直してみよう。
まず自分の中にやってみようと生まれた取り組みは、自然を少し近い距離で、じっくりと観察してみようとすることでした。
ちょうど自然に触れる機会が増えてきたこともあり、いきものの姿を観察しようとすると、自ずとゆっくりとなることに実感を持つようになっていたからです。
自分でゆっくりしようとしなくても、無意識にそのようになるから不思議です。
小さな草花が気になったら、ちょっとしゃがんでみて、普段と違う距離感、眼差しで。
見えていなかったものにすーっと吸い込まれていくように。
物理的な距離も、目にみえない意識も、対象に近づいていく。
そんな時の、いきものの姿をずっと見ていられる感じがする面白さ。
そういう時、息(呼吸)は、いつもよりも解放されているような感じがします。
まるで、その空間に存在しているいきもののひとつとして、そこに居られているような。そんな安心できる呼吸が感じられることもあります。
ただただ観察しながら、自然に触れている。
空間のなかで息(呼吸)が解放されている。
からだのリズムに自分のリズムも重なっているように感じられる。
そういう間のときは、そんなに長い時間が必要ではないような気もします。
そういう間を持とうと、何かが立ち止まっただけでも変化です。
「ゆっくり」ということばは、忘れてしまっていたからだに宿る根源的なことに触れる入り口になると感じています。
そして、生命に本来備わっている自然なリズムや感触を味わう経験は深く自分自身の健康にもつながることです。
ゆっくりやってみる。
その時、どんなことが感じられるでしょうか。
一週間のお付き合いありがとうございました。
明日から友松実行委員の担当回です。
どうぞ、おたのしみに。