おはようございます。
今日はクリスマス。
キリストが生まれたことを祝う日、と定められた日。
キリストといえば、操体の創始者である橋本敬三先生は、青小年期によくキリスト教会に出入りしていたようです。
そして、キリスト教の教えとか道徳的規範は、本当に素晴らしいものだと感じていた様です。
ですが、自分自身は五官の貪欲な本能が頭を持ち上げてくると、どうしてもそれを制することが出来ず、罪を犯して(戒律違反)しまう。
生身の肉体を持っている限り、誰でも持っている欲求なのに、青少年期の橋本先生は罪悪感や罪深さを感じていたようです。
そして自分を責め、こんなことでは天国には行けない、地獄行きになってしまう、なんとか救いを受ける手立てはないものか、と5年くらい苦悶の日々を送っていたそうです。
それでも、23歳の医学生の頃に、盛岡で牧師をしていた平野榮太郎先生と出会い、エペソ書の第一章を引き合いに、創世以前の久遠の生命なる観念を提示され、開眼させられたと著書にも書いています。
自分は生まれぬ先から、聖別され祝福された神と同格の永遠の生命そのものだ
そのような自覚を得た後は、悩みや神経質さもなくなり、呑気にすらなったそうです。
既にもう、救われている。
「救い」が成立したうえで、此の世に生まれてきている。
此の世での行い如何によって、救われるか、地獄行きか、といった「報い」があるのではないという事。
救いは元々成立している。
誰でも聖別され祝福された神、キリストと同格の永遠の生命そのものなのであり、それに報いる為に此の世で感恩報謝の行動をしていく。
そのような心の持ち方。
クリスマスの日に、創始者の著書を改めて読み返すと、感慨深いものがあります。
操体は宗教ではなく、人々の健康に貢献する健康学ですが、こうした想念を基にした橋本敬三先生の哲学というのも、健康で快適に満足して人生を全うする為に、必要だと思うのです。