私は、皮膚とは「自己とからだが対話する場所」なのだと考えます。
意識が内にこもりすぎれば、皮膚は閉じてしまう。
世界に流されすぎれば、皮膚は擦り切れてしまう。
だから人は、近づきすぎず離れすぎず、その「間に合った腔間」を探し続けるのではないでしょうか。
距離とは、相手との距離であると同時に、自分自身との距離でもあります。
だからこそ、皮膚を知ることは、自己とからだの距離を知ることだと言えるのかもしれません。近づくことが怖い日もあれば、離れたいと感じる日もある。
それでも私たちは、皮膚という場所で世界と出会い、毎日なにかしらのやり取りをしている。
そう受け取れるのは自分に芯が通っているからこそです。
からだにも軸が立っていないと微細な情報を感じることすらできなくなってしまいます。
寒さの話をしましたが、他にも感じるものがたくさん見つけられました。
