臨床と生活にいかす操体法 4
昨日「接触」についてのことを書きましたが、私自身も身の回りを見渡してみれば「接触」の機会を失っているように感じています。 こどもの頃は、あそびのなかで何にも考えず色々なものに触れてみていました。 全身でそういった経験 […]
臨床と生活にいかす操体法 3
生命活動は「接触」を伴う現象に溢れているように感じます。 対して、人間の営みは刺激的なものの割合が増えてきて、 気が付いたら生活の多くを占めるようになってきたようにも思います。 操体を学んでいると、度々この「接触 […]
臨床と生活にいかす操体法 2
操体を通して学ぶことは、臨床と生活、そのどちらにもいきてきます。 自分自身も操体を学びながら気が付かないうちに、その恩恵を受け取ってきたことを、改めて感じています。 臨床に必要なことを学んでいると、それが自然と自 […]
臨床と生活にいかす操体法
瀧澤さん、一週間ありがとうございました。 本日から直近に開催される春季フォーラムのテーマ「臨床と生活にいかす操体法」を引き継いで寺本が担当します。 どうぞ、よろしくお願い致します。 これは10数年前の私自身の話になり […]
臨床と生活にいかす「操体法」⑦
臨床の場ではいつも、その人の人生に関わらせていただいていると感じています。 からだのご縁をいただいて、操者と被験者、それぞれの人生が交差しているその交差点で、からだがききわけている「快」を共有していく。 実際 […]
臨床と生活にいかす「操体法」⑥
臨床空間と生活空間を分けずに、からだがききわけている健康空間として捉えてみること。 法則性によって表現されている「からだ」の呼吸やうごきをとおして、その「リズム」や「間」を感じ、「からだ」と「快」を共有してい […]
臨床と生活にいかす「操体法」⑤
操体臨床でみているものは、症状・疾患を生みだしている火元であり、さらにその火元を生みだしている火種です。 その火種とは何を指し、そもそも、なぜ火種は生まれるのでしょうか。 アプローチ以前に、その問いにつな […]
臨床と生活にいかす「操体法」④
鼻腔をとおして、十分に息が吸え、呼吸が循環していくこと。 「息がしやすい」という感覚は、空間とからだをつなぐ呼吸からのメッセージでもあり、「からだ」にとっても、「自分」にとっても「快」であると感じられてくるもの。 […]
臨床と生活にいかす「操体法」③
呼吸はわたしたちが生きるうえで欠かすことのできない営みだけれど、同時に環境とからだをつないでくれているメッセージでもある。 そんなふうに受け取ることができるのも、「自分」の呼吸ではなく、「からだ」の呼吸に気づけるよう […]
臨床と生活にいかす「操体法」②
臨床や生活の場で、わたしたちを生かしてくれている法則性を感じとっていくこと。 その姿勢は健康維持増進そのものである、と強く感じています。 昨日は師や同志たちと学ぶ機会があり、先ほど久慈に戻ってきました。 […]