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東京操体フォーラム 実行委員ブログ

 操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

進化の求め。

友松 誠(ともまつ まこと)

おはようございます。

 

あらゆる生き物の中で、自然環境に手を加えることができるのは人間だけです。そして文化を創造し、文明を発展させることができるのも人間だけです。

大元に自然環境があり、そこに人為・社会的環境が加わり、そうした空間で文化、文明の繁栄、衰微がある。大元は自然環境である為、その空間は自然環境にバランスよく順応できるほど発展していき、そのバランスの自然法則から外れていくほど衰退するのだと思われます。

まわりにある物も、ほとんどが自然の法則性を利用してつくられますが、単一的な法則性を利用して作っただけでは、その存在は長続きしません。自然環境をはじめとした空間との調和、つまり間に合った状態でなければならない。

間に合うは100点満点ではなく、60点ぐらいでいいのですが、空間が変化する以上、60点の質が問われてきます。つまり空間が変化する前の60点のままでは調和は成り立たず、改めて60点をとりなおして更新していく必要があるのです。

 

昭和の景気が良かった時代というのは、物を作れば作っただけ売れ、経済は発展し、暮らしも豊かになっていきました。その反面、空気や水は汚れ、人間が快適に生活できる空間ではなくなっていってしまった。

そこで、工場の在り方やその生産の仕方も見直され、製品も環境にやさしいとか、省エネといったものへシフトしていきました。自動車なども、使うエネルギーを最小限に抑えて環境に配慮し、尚且つ今まで以上に性能や乗り心地のよいものが求められていきました。

その要求に応えようとしたことで、技術革新は進み、改めて間に合う状態になっていったのだと思います。

 

この、人間が快適に生活できる空間ではなくなっていってしまった時、求められたのは進化だったのだと思います。進化といっても、他の生物のように環境に合わせて生態を変えるというのではなく、人間だけは自然環境に手を加えることが出来るのですから、そのやり方を変えていく。
今までのやり方が自然環境を破壊し、自分達が快適に生活する空間ではないものにしていたのなら、そのやり方を変えていく。これも進化なのだと思います。

 

人間には、著しく自然環境が破壊された時、自分達だけ生態を変化させ、生き延びるということは許されないのだと思います。知慧を出し、他の生物と偕に共存共栄の空間をつくる責任があるのだと感じます。

 

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