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東京操体フォーラム 実行委員ブログ

 操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

よまずに たべた

寺本 雅一(てらもと まさかず)

童謡・唱歌で有名な「やぎさんゆうびん」を

「臨床」の観点から覗いてみています。

 

やぎさんゆうびん

作詞:まど みちお 作曲:團伊玖磨 

しろやぎさんから おてがみ ついた

くろやぎさんたら よまずに たべた

しかたがないので おてがみ かいた

さっきのてがみの ごようじ なあに

 

くろやぎさんから おてがみ ついた

しろやぎさんたら よまずに たべた

しかたがないので おてがみ かいた

さっきのてがみの ごようじ なあに

 

 

やぎさんゆうびん (はじめましてのえほん)

やぎさんゆうびん (はじめましてのえほん)

 

 

しろやぎさんから「手紙」が届きます。

その手紙を「読まない」くろやぎさん。

「読まない」で、机の上に置いておくならまだしも

ムシャムシャと、食べてしまうところが、なんとも面白いです。

手紙はくろやぎさんの胃のなかへと消えてしまいます。

 

こういうことは「臨床」の中でも

起こっていること、のように思います。

特に、操体をかじったことのある方だったら

あるイメージが浮かんで来るのではないでしょうか。

 

例えば、

しろやぎさんを「臨床を受ける人(とその人のからだ)」

くろやぎさんを「臨床家」 に置き換えてみると、

からだからメッセージ(手紙)が届いているのに

それを診逃してしまう(読まない)臨床家の姿に重なってみえてきます。

 

そして、残念なことに、

そのすれ違いは、からだからのメッセージを、

消し去ってしまう(食べる)流れにつながっていることに、

とても似ているように思います。

 

2017年春季東京操体フォーラム開催します!

 

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