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東京操体フォーラム 実行委員ブログ

 操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

②感性、センス、タントラの考察

日下和夫(くさかかずお)

つづき

 

 花の蜜を集める蜜蜂については、二~三のことを理解しなければならない。 ひとつめは、蜜蜂はどの花にも決して執着しないということ。 それは最も深遠な秘密である。 蜜蜂はどの花にもこだわらない。 そして中心となる家族を持たない・・・・・・。 妻も夫も子どももいない。 いかなる花であろうと、その花の招くところへ自分のセンスに導かれて、ただ移動してゆくだけ。 そのような自由をいつも持っている。 

 

 人間は家族につきっきりになってしまった。 タントラは家族に強く反対する・・・・・・。  タントラの洞察は格別に卓越している。 愛が完全に破壊され、人生の楽しみが完全に毒されているのは、家族のせいだとタントラは言う。 人間は互いにしがみついている。 人間は互いに所有しようとしている・・・・・・。 つまるところ所有が楽しみになってしまった。 人間は感性を失い、大きな変化が起こったのである。

 

 ひとりの男性が女性と一緒にいるが、それは彼女を楽しむためではない。 彼は彼女を楽しんではいない。 また、ひとりの女性が男性といっしょにいるが、それは彼を楽しむためではない。 彼女は少しも楽しんではいない・・・・・・。 彼氏も彼女も互いに所有するために一緒にいる。 政治的な考えが入り込み、野心が入り込み、経済的な思惑が入り込んできた・・・・・・。 そこに愛という感性はもはやない。

 

 愛というのは所有を知らない。 ひとりの女性や男性と長い間いっしょに生きることはできないとは言うのではない ― それどころか何生にもわたっていっしょに生きることすらできる・・・・・・。 だが家族は存在しない。 「家族」という言葉でタントラは「合法的な所有」を意味している。 「家族」という言葉で「要求」を意味している。 夫は妻に要求することができる。 妻も夫に「あなたには私を愛する義務がある!」と言うこともできる。 

 

 だれひとりとして人を愛するよう強いられてはいない。 夫は妻に自分を愛するよう強制することができる。 誰かに愛を強制することができるとき、愛はまさに消える・・・・・・。 そこには「要求」だけがある。 そのときには、妻は義務を果たしている。  しかし、義務は愛になり得ない! 愛は花の蜜であり、義務は精製された白砂糖だ。 そして遅かれ早かれ糖尿病で苦しむことになる。 それは毒、純粋な毒である。

 

 まるで麻薬のような白砂糖。 確かに同じような甘い味がする。 少しは蜜に似ている。 だが花の蜜ではない。 家族は所有欲が非常に強い。 家族は人間に反し、社会に反し、宇宙の兄弟愛に反している。 家族の境界は刑務所と同じだ。 我々はそれに慣れてしまったので、そのことを感じないようになってしまった。 

つづく