東京操体フォーラム 実行委員ブログ

 操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

フォーラム後のお楽しみ。そして東京へ

後片付けを終えて、関東へ、九州へとそれぞれ帰路についた。
実は今回、秋のフォーラムで特別講義をしていただくことになっている、川崎隆章氏が東京から駆けつけてくれていた。更に私が大阪の「兄ぃ」と呼んでいる「ナニワの色男」ことアートディレクターのA氏、東京からは「何だか凄いひと」H工学研究所のO氏も来て下さっていた。詳細はここでは書かないが、川崎氏、A氏、O氏の三名は私の10年来の知り合いで、川崎氏とO氏は春のフォーラムにも参加して下さっていた。とにかく三人とも奥が深い方々である。まあ、何かを極めているからこうやって異分野で話ができるのだろう。

昨年もA氏の紹介で「片泊まりの宿」(朝食のみがつく)に泊まった。ここはミシュランにも載っており、円山公園の中にある素晴らしい宿だった。今年はこちらがお家の事情でお休みだったので、やはりA氏の紹介で「床」がある旅館に泊まることになっていたのだ。A氏、O氏、川崎氏、三浦先生、福田画伯、岡村皇子、さがゆきさん、三浦寛幸君、私の9名である。タクシーに分乗して、三条京阪駅近くにある旅館に到着。京都や大阪は間口で税金が決まったそうなので、いわゆる「うなぎの寝床」というヤツである。小さな旅館なので、私達で貸し切り状態(9名でギリギリだったようだ)。
旅館の名前は「畑旅館」。歴史好き(特に幕末)の福田画伯は既にコーフン気味である。着物姿の二人の若い女性が出迎えてくれた。お座敷でまずは一休みする。冷たいお茶と、黒蜜のかかった葛切りが美味しい。彼女達は、プロの仲居さんではない。この旅館は踊りのお師匠さんが遺した旅館を、お弟子さん達が切り盛りしている。彼女達は皆日本舞踊の踊り手さんだという。日本舞踊をされているだけあって、所作が美しい(そういうところは職業病というか、ついつい)。客間に入ってまず目に入るのは「床」と川だ。「おお〜っ!」と声が上がる。名物のカップルも点々とあちこちに座っている。「なんだか、京都じゃん」という感じだ。


★「床」から鴨川


★あやしい(?)寝室。三浦先生と岡村さんが泊まった。三浦先生からのリクエストにより撮影。

一休みしている最中に、A氏がイタメシ屋を予約してくれた。Aさんはいつも美味しいところに連れて行ってくれるのだ。それは多分センスと「原始感覚」なのだと思う。少し落ち着いたので、9人でぞろぞろ出かけていった。有名な「池田屋」跡は「池田屋」という海鮮居酒屋になっていた。そこから先斗町に入り、ぶらぶらした。京都の街は東京ほど明るくない。電球色というか、ろうそく色というか、柔らかくて少し色っぽい。その後迷ったりしながらも、目的地に到着した。イタメシ屋はどちらかと言えばバーのような感じ。食べ物を私がざっと頼み、早速乾杯した。
それから延々と4時間位食べて飲んで話が盛り上がった。詳細はまたの機会にするが、今日のフォーラムで実際に「足趾の操法」を受けた感想などから始まって、文化的な話から生物の話、あるいは亀甲縛りの話まで笑い疲れる程笑った(亀甲縛りの話はまたいつか聞けると思うので、お楽しみに?)。

その後またぞろぞろ歩き、途中のコンビニで水や果物を買って旅館に帰った。寛幸氏は旅館に戻って早々寝てしまったが、残りの8人は「第二ラウンド」。三浦先生の「バナナ割り」とか、0家の家訓の話など、その場にいた人でなければわからないだろうからここでも詳細は省くが、ほぼ1時までまた爆笑が続いた。

ところで、A氏、O氏、川崎氏の三人はいずれも私がM岡S剛氏のISIS編集学校を通じて知り合ったのだが、本当に物知りである。三人いれば辞書いらず?聞けば何でもわかっちゃう?それも「何でこんなコアなことまで」「何でそんな裏事情まで」と、とにかくすごい。私達操体組は「へ〜」とか「へへ〜」とか「そうなんですか〜」の繰り返しだったのである。そこにさがゆきさんの天衣無縫な愛らしいキャラが加わり、本当に楽しい時を過ごした。

それからお風呂に入ってお休みなさい。

朝目がさめると、部屋が真っ暗だった。雨戸が閉まっているのだ。雨戸がある部屋で寝たのは久しぶりだった。隣の部屋は昨日お茶をいただいたり、夜中まで話をしていた部屋だ。朝5時半だが、隣の部屋に寝ていた三浦先生と岡村さんの声が聞こえる(二人とも声が大きいのだ)。
コンタクトもはめずに隣の部屋に行くと、雨戸が半分開いていて、三浦先生と岡村さんが座って話をしていた。三浦先生が
「畠山、隣の床にトンビが止まっているの、見えるか?」「コンタクト入ってないので見えません」私はあわててコンタクトをコンタクトをつけてカメラを構えた。

★前方の木に焦点を合わせてみた

★とんびに焦点を合わせてみた

★早朝の「床」で。

鴨川の「かも」

ゆきさんも起きてきて、二人で「おでこに太陽光を当てるとメラトニンがでるぞ〜」「アンチエイジングだぞ〜」と朝日をおでこに浴びた。

その後美味しい朝食をいただいて、各々が帰路についた。三浦先生、さがゆきさん、岡村氏、私の四人は「修学旅行で清水寺に行きそびれた」という岡村氏の積年の思いを叶えるため、清水寺に行くことにした。タクシーを貸し切りにして、駐車場で待っていてもらい、坂を登った。私は中学の時修学旅行で来ているのだが、お寺好きの割には全く記憶がない。


清水寺の仁王門(重要文化財)。結構派手だ。


★回廊。この先の売店でお守りとかお土産を買った。


★山を見下ろす景色。素晴らしい眺めだ。震災から約半年たったせいか、中国からの観光客が多いような気がする。

その後、茶店でかき氷やところてんを三浦先生にご馳走になり、坂を下ることにした。ここから京都駅に向かい、東京に帰ることになる。タクシーの中では心地良い疲労感と満足感に満たされていた。携帯でTwitterを確認すると、既に自宅に戻ったとか、これから仕事だとか、日常生活に戻っている情報が入ってくる。私達も明日からは日常生活に戻るのだ。

京都駅でスーツケースをロッカーに預け、新幹線の切符を買い、1時間程買い物をして、各々駅弁を買ってから新幹線に乗り込んだ。三浦先生からビールが振る舞われ、皆で乾杯(今回の旅は乾杯ばかりしていたような気もするが)。いよいよ東京に戻るんだな、という何だか少し寂しいような早く帰りたいような、そんな気分になった。

私にとっては25日夜から5日間の旅であり、やはり「操体は自分の天職だ」と思えた時間だった。
フォーラム実行委員の皆さん、頼もしい操体のサポーターである友人達、その他色々関わった方々に「ありがとうございます」という言葉を贈ろう。

明日からは、三浦寛幸氏が執筆いたします。再来週はスペインとトルコに行ってきます。

畠山裕美

11月6日(日)2011年秋季東京操体フォーラムが開催されます。