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東京操体フォーラム 実行委員ブログ

 操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

おなかのきもち。

おはようございます。

今週は友松が担当させていただきます。
どうぞ、よろしくお願い致します。

梅雨も空け、夏真っ盛り、暑くなってきましたね。
ついつい、冷たいものを飲んだり食べたりしたくなります。
夏ですものね。スイカ、かき氷、冷たいビール。美味いですよね。
一時の清涼感、爽快感は格別ですよね。
しかし、飲みすぎ食べすぎをしてしまうと、気持ちが悪くなる。

 内臓をつうじてのからだの感覚をききわけ、日常生活の指針としていく。誰でもやっている当たり前の事だが、その当たり前の事こそ重要。そうでなければ生命の存在は保てないと思う。
しかし、その感覚のききわけは不快が主となっていることが多い。

 例えば「これ以上かき氷を食べたら、おなかをこわしそうだ」「これ以上ビールを飲んだら、二日酔いで気持ち悪くなりそうだ」など、ちょっとしたことだが、不快なサインを感じることから予防につなげている。
 もちろん、これらは大切なことである。おなかの気持ち悪さは、からだの気持ち悪さであり、もちろん感情に作用し、まわりの環境にも影響を与える。まわりに迷惑をかけない為にも感情を押し殺し、無理して頑張る。これは、ボディの歪みにもつうじ、心とからだのアンバランスにもつうじる。だから、不快感をつうじての予防は大切だ。


 しかし、不快から学ぶだけでは、予防の枠の中に留まってしまう。予防の枠を超え、より良く健康増進につなげるには、積極的な快のききわけということが求められる。ボディの快のききわけだけでなく、おなかの快のききわけも積極的に行うという事。

 そのやり方は、臨床の場でおなかの快もききわけてもらうことは勿論、自分自身で行える事を含めれば、無数にあると思う。大切なのは、「息」「食」「動」「想」の自然法則に自分の生き方を合わせていくことと、「おなか」へのいたわり。


 おなかの中というのは、外部との接触の場でもある。食物は外部から取り入れるのだから、そのおなかの中の環境に配慮し、ストレスをなるべく与えないように心がける。
 例えば、食べる時には良く噛んで唾液と混ぜ合わせながら食べるのが良い。そうすれば、からだに良いものかどうかの選別や量の調節が出来る。しかし、良く噛むという事だけを意識していても、長続きしないし、からだに良いのかどうかの選別や量の調節にはつながらない。

 自然法則に合わせた作法が大切。その作法には「息」「食」「動」「想」すべての自然法則が絡む。姿勢を正すにしても、内蔵を定位に安んじるように正しく姿勢を正すには、普段から「動」や「息」の法則を意識して行動することが大切だし、その為には「想」も重要。

そうした普段の積み重ねが、よく噛んで食べるということにも反映され、おなかが悦ぶ、おなかの快のききわけにつうじると思う。快をききわけるまでのプロセスが大事という事でもある。また、食欲を満たした時の頭の満足感と、おなかが悦ぶ、おなかの快のききわけとその識別。これも重要なことだ。


 ここまで、食べる時のことに関しての、おなかの快について書いてきたが、おなかの快というのは、食べる時だけにききわけられるのではない。空腹を感じた時にもききわけられるし、排便時にききわけられる快もある。
  先に挙げた臨床の場での快もあれば、ゆったりとした深い呼吸の中でききわけられる、おなかの快もある。また、人としての正しい想念の中でききわけられる時もある。自分の生き方を「息」「食」「動」「想」の自然法則に合わせていく中で、積極的にききわけるべきだと思う。

 その快こそが、からだのバランス制御に働くのは勿論、より良く生かされて生きる、ということにつながるのだから。