新重心理論が展開し始めてから、操体法東京研究会の講習の様子も質的な変化が起こっているのを感じています。
以前の講習では、学ぶということに真摯に応えてくれる濃密な指導が展開されていました。臨床家、または指導者を育てるための、カリクラムに沿って、実技も何度となく繰り返し行うことで、ひとつひとつの操法のポイントを身につけていく、からだを通しての学びの空間がありました。
からだの「中心」と「重心」の捉え方が見直され、現在は新重心理論を基に指導の内容が編まれています。
重心の定義が変われば、これほどまでに、様々なことが変化してしまうのか、ということをここ数年間講習の場に立ち会わせていただいて感じます。
何が変わったのか。
わたしが学んでいるのか、からだが自ず(おのず)と表現してくれているのか。
そういう違いが深く関わっている気がしています。
「わたし」が試行錯誤を重ねて理想的な姿を目標にじっくりと学び続ける。
「わたし」は薄まっていって、「からだ」が表現してくれているからだのうごきに委ねる空間がある。
新重心理論の講習に参加していて感じること。
いままでとはまた一味違った、からだとの信頼関係。
それが、それぞれの「わたし」と「からだ」とのあいだで育つ様子を、
見届ける機会に立ち会っているような気持ちになるのです。