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東京操体フォーラム 実行委員ブログ

 操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

2、疾医と陰陽医  

室町時代後期から江戸時代初期にかけて、

曲直瀬道三らを中心に「黄帝内経」や金、元、明の医学が主流となり、

後世派と呼ばれた。

 

江戸開幕後100年ほど経て、

この医学に疑問を持つ医者が輩出した。

 

陰陽五行論によることばの説明で満足するのではなく、

もっと事実に即した効果のある治療法を求め、

実際に事実を観察し、臨床的に追試しなければならない(親試実験)とし、

傷寒論」(漢)に帰れ、と説いた。

 

その中心人物が吉益東洞であり、

古法派と呼ばれた。

 

東洞は自らを扁鵲、仲景ら疾医(本当に病気を治せる医者)の系譜に属する者とし、

陰陽医(陰陽五行論の理屈で病態を解釈する理論家)を批判したため、

当時の医界に大論争を巻き起こした。