東京操体フォーラム 実行委員ブログ

 操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

操体庵ゆかいや物語(12)

            3羽のヒヨコ
                            

これまでの四日間、全て動物の話になりました。美山の山奥に住んでいると、動物との出会いには事欠きません。そのためどうしても動物の話が、多くなります。これは、これで面白いのですが、操体のブログらしくなくなるので、
今日で打ち止め。
次回のブログ週間(冬になるかな?)に改めて動物のことは書きましょう(と、いってはみたものの、、、、、もっと面白いことがあれば、書かないかも、、、)。


さて話は10年前のことになります。
まだ私が3人の子供、元妻、それに二匹の猫(白く美しく利口なミミちゃん♀・ミミちゃんの娘でトラ模様のお馬鹿なハルちゃん♀)と幸せに暮らしていたときのことです。
長女の華(ハナ)は当時7才、長男の利武(トム)4才、次女の杜(モリ)2才でした。


ここで、ふたたび『セドのおばさん』に登場していただきましょう。


「佐伯さん、ニワトリをここでは、飼えんど。キツネが来て食べてまう。やめとき。」


セドのおばさんは、諭すようにいいました。
これは、子供達がニワトリを飼いたいといい始めたとき、それを聞きつけたおばさんの答え。


それでも、元妻は近くの養鶏所から3羽のヒヨコを貰ってきたのです。
子供達は、ピヨ、ピピ、ピーと名前をつけ、段ボール箱を家にして、板張りの台所で飼うことになりました。
この新しい家族を喜んだのは、子供達ばかりではありません。猫のミミちゃんも、ヒヨコ達を家族として受け入れてくれました。
頭のいいミミちゃんは、子供達の大切なヒヨコを決して食べ物とは思わなかったようです。


そんなある日、仕事から帰るとひよこが一羽いません。どうしたのかと聞いてみると、外で散歩させている時、カラスにさらわれたそうです。
やはり、カラスは強敵です。


それからは、外に出さないように心がけました。
台所の板間は、二羽のヒヨコと二匹の猫、そして3人の子供達が共存する不思議な空間。
子供達は、大きくなってきたヒヨコを頭や肩に乗せ本当に楽しそうです。最初は、手のひらに乗る位の大きさだったのが、肩に乗ると重く感じる位まで成長しました。ニワトリならぬニワヨコという感じです。


ニワヨコまでになったピーとピヨにとって外の世界は魅力的です。オオバコ、ナズナ、スイバ等の草木、ミミズ、毛虫、ダンゴムシ等の昆虫の宝庫。

ピーとピヨが「ピー、ピー」と「カッ、カッ」の中間くらいの声で、(あるいは、もう「カッ、カッ」といっていたかも知れません)足とくちばしを使い、楽しげに餌をついばんでいる様子は見飽きることがありません。


いつの間にか、子供達もピーとピヨを外に放す様になっていきました。もっとも、私が子供の頃、愛媛の実家では、ニワトリの放し飼いは当たり前で、夕方になった頃に捕まえ、小屋に入れていたものです。


そんなある日の夕方、突然「ギャー」というニワヨコの叫び声。あわてて外に出てみると、キツネがピーをくわえています。
それを見た猫のミミちゃんが、果敢にもキツネめがけて突進。前足でキツネにパンチをくらわそうとしています。


ミミちゃんの勇気とけなげさに胸が熱くなりつつも、その感慨に耽ってはおられません。私は目の前にあった発砲スチロールのフタをキツネめがけて投げつけました。


思いっ切り投げたつもりでしたが、軽いためフワーと飛んでいきました。真っ白い直方体がムササビのような飛行。キツネは驚き思わず口を開き、その瞬間、ピーは逃げ出すことができました。


「ああよかった!」と胸をさすると同時に、もの凄い危機感に襲われました。やはり、セドのおばさんが言ってようにこのあたりは、キツネの縄張りのようです。愛媛の実家と同じように考えていてはいけません。


早速、養鶏場を経営している知人に小屋の作り方を教わり、小屋を建てることにしました。
キツネは小屋に入るための穴を掘る習性があるそうです。そのため、小屋の回りに深さ30cmの外堀を作り、そこへ2段重ねのブロックを塀(へい)のように並べ土をかぶせます。こうすることで、キツネが穴を掘っても小屋に入れなくなるのです。


我が家の庭に1m以上の高さで石垣があります。これを後ろの壁面にして、残りの3面を金網でおおい、小屋にすることにしました。
教わった通りブロックの外堀を作り、廃材を利用して少しずつ小屋が出来てきました。


そんなある日、
「おとうさん、ピヨちゃんがおらんなった(いなくなった)。」
長女の華が寂しそうに言います。
どうやら、あのキツネにやられたようです。油断も隙もありません。もうこうなったら急ピッチで小屋を作り上げるしかありません。


やっと、完成し、ピーを小屋に入れました。たった1羽になってしまいましたが、もうこれで安心です。


それから数日たち、子供達が寝静まった夜のことです。


「ギャー、バタバタ」
小屋から凄まじい悲鳴と物音。
私は、懐中電灯を持ち出し、小屋の方へ走り出しました。
金網を照らし出すと、奥のほうに黒っぽい生き物。


もうすでにピーは、地面に横たわり動いていません。その黒っぽい生き物が金網に近づいてきました。生臭く荒々しいケモノの吐く息とその体臭。


「あれ、タヌキ?」


私は、ピーの命を奪われた怒りとやや諦めの感情に、キツネではなくタヌキだったという意外な感情がない交ぜになった気持ちで、小屋の前に立っていました。


それにしても、どこから入って来たのでしょう。私は、小屋の周りを懐中電灯で照らしながら入念に調べました。ところが、どこにも穴らしきものは見あたりません。全くないのです。
私はまだ、目の前の現実を理解しがたい状態です。しかし、もうどうすることも出来ません。いまさら、タヌキに折檻(せっかん)しても始まりません。


夜も更けたことだし、このままの状態にしておくことにしました。
そして翌朝を迎え、小屋に行くと、


「あれ?タヌキがいない?!」


ピーの白と薄茶色の散乱した羽が残っているだけです。改めて、小屋の周りを調べてみました。やはり、穴は見つかりません。
一体どういう事なのでしょう?


昔から人里にやってきては、悪戯(いたずら)をするタヌキ。
『タヌキに化かされた』という表現は、今回のような不思議な体験を通して人々が、作っていったことがよく分かります。
それにしても、いまだにあれが、本当にタヌキだったのかどうか、不思議な感覚に陥ることがあります。


実は、我が家を舞台に、キツネとタヌキが化かし合いをしていたのかも?
                       なんてね、おしまい。


佐伯 惟弘



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