東京操体フォーラム 実行委員ブログ

 操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

操体庵ゆかいや物語(10)

             カラスの話
                             

操体の創始者・橋本敬三先生は、「カラスは頭が良い」とよくおっしゃっていたと伺っています。
実際その通り。そこで、私のカラス体験談を披露したいと思います。


私の父親は鳥好きで、私が物心ついたときから、様々な種類の鳥、数十羽を飼っていました。大工さんに立方体、直方体のりっぱな鳥かごを作って貰い、玄関入り口横に、賑やかな鳥かごの積み木群。まるで動物園のようでした。


毎朝これらの鳥にひえ、あわ、水、貝殻、ナズナなどの青葉を餌として与えるのが、私の仕事。それが終わると、庭の鉢植えに水をやらなければなりません。


小学校6年になった頃、この玄関に新座者が入ってきました。カラスです。
名前をクロといいます。


私の実家は、茅葺き民家で平入り(玄関が長い一辺の中央部にあります)。カラスの小屋は玄関を夾んで、鳥かごの積み木群と対になるよう置かれました。まるで、狛犬ならぬ、狛鳥。
そして、カラスの下にはニワトリの夫婦。この大きな小屋は二階建てになっています。


もちろん、ニワトリとカラスに餌をやるのも私の仕事。
ご存じの通り、カラスは人間が食べるものは全て食べます。特に卵が大好物。一階にいるニワトリの卵を私が取りあげると、クロは必ず目を白黒させながら、羽を半分ほど広げ、おねだりのポーズをとります。


「ガー、ガツ、ガツ、ガツ、ガー」


「クロさん、そんなにほしいん?う〜ん、あげよか?」


取れ立ての暖かい卵を与えると、くちばしで1cm程の穴を開けはじめます。そして、くちばしの先を上手に使ってつまみ上げるように、すこしづつ黄身と白身を食べていきます。殻を壊すことなく最後の一滴まで丁寧に。


こんな餌係りの私でも、餌を持っていない時、クロさんは私を無視します。何故かというと、クロさんは、我が家の家族構成とその上下関係をしっかり把握し、私が重要人物だとは思っていないからです。


一番偉いのが、父親。続いて、祖父、祖母、母親。三番目は私。最後が5年下の弟。


ですから、父親がクロさんの前を通ると、必ず目を白黒させながら、羽を半分ほど広げるポーズをとり、父親に媚びへつらいます。


私も、そのポーズを取って貰おうと、父親の下駄を履いて威張ってみせるのですが、全然だめです。


弟は、まだ小学校の低学年。
クロさんは弟が前を通ると、金網まで飛んできて両足で金網をつかみ、弟めがけて激しくくちばしでつつくポーズをとります。
弟は、半べそをかきながら一目散に逃げ去り、クロさんはそれを見て喜ぶのです。


そんなクロさんがある日突然、
「クワッ、クワッ、クワッ、クワッ」と妙な声で鳴き始めました。これにいち早く反応したのが、祖母です。


「クロさん、ニワトリの鳴き真似しよるんじゃろか?」


とクロさんの前に立ち、「ばあちゃん、ばあちゃん」と何度も話しかけ始めました。一週間程、祖母は続けたと思います。


すると、今度はクロさんの方から
「ばあちゃん、ばあちゃん」
としゃべり始めました。それからは、「おはよう」「ただいま」「いってきます」を状況に応じて使い分けるようになりました。


特に、父親が帰ってくるバスが着くと、「ただいま」と大喜びで羽を広げ鳴いていたことを良く覚えています。


近所では、
「お宮の坊(私のこと)が、いっつも、『ばあちゃん、ばあちゃん』言よるけんど、おばあさんは、家においでんのかいのう?(いらっしゃらないの?)」

と祖母が外出し、私が祖母を捜し回っていると勘違いされる始末。


やがて「お宮(我が家のこと)のカラスは喋る」という噂が広まりはじめ、わざわざ遠くから、お宮のカラス参りに来られる方も現れ始め、ついには、新聞、テレビにも出演するまでになりました。


すっかり有名になってしまったクロさんの楽しみは散歩。


父親が結婚する前に、2回もカラスを飼っていました。その時は、家の半分がカラス部屋だったそうで、放し飼いに近い状態だったようです。朝、父親の耳をつついて起こしてくれる「目覚ましカラス」だったと聞いています。


父親は、そういうカラス経験から、どうしても散歩をさせてやりたいと思ったにちがいありません。


また、散歩をさせる際、
「カラスは、はな垂れ小僧を見つけると、つつきに飛んでくるけん、はなを垂らしたらいかんぞ!」と教わりました。
当時の子供達は青くて長いはなを垂らし、それをふき取る服の袖口はテカテカに光っていたものです。
そして、カラスはそんな子供を見つけると、からかいたくなるのです。実際、カラスの人を見抜く力は、想像以上のものがありました。


また、散歩といっても、犬のように首輪やくさりを付ける訳ではありません。小屋の戸をあけ、外で自由に飛んだり跳ねたり遊んだり。


夏の暑いときなどは、境内の手水鉢で水浴びをします。嬉しそうに羽を少し開き、バタバタと水しぶき。
頭まで水がつかると、大きく強そうに見えていたクロさんが、小さく可愛くなります。


そして、入念に羽繕い。
「カラスの行水」と短い入浴のことをいいますが、カラスは決して短い水浴びはしません。長風呂です。しかも、きれい好きで、紫、紺色といった美しいカラス色になるまで羽繕いをします。


また、遊びが大好きです。よくやる遊びが、父親の大切にしているサボテンの鉢から、サボテンを引っこ抜き、どこかに置き去る「サボテン隠し」。


棚にならべた小さな鉢のサボテンが、父親の宝物であることをクロさんは知っています。そこで、この宝物を隠し、父親から目を引こうとするのです。まるで、小さい子供と同じ。


そんな時、父親はクロさんをもう一度散歩させます。そのあとを私が尾行する訳です。よく隠していた場所は、大きな灯籠のウラ。杉の皮を被せて、サボテンが見えないように隠しています。
こんな利口なクロさんを捕まえて、小屋に戻すのは至難の業です。クロさんはいつまでも遊んでいたいのですから、、、
そこで活躍するのが、弟です。なにせ、クロさんは、弟を見るとどこまでも
追っかけます。羽をわずかに広げピョンピョンと跳ねながら、家の中まで入ってきます。逃げ回る弟を楽しそうに追っかけ、、、、時には、座敷まで上がってくることもありました。


これをみていた父親は、弟を餌食にクロさんを捕まえる方法を思いついたようです。
充分な散歩が終わると、弟を呼びます。
弟は父親の前で直立不動。しばらくすると、弟がいることに気付いたクロさんが、ピョンピョンと近づいてきます。
弟にとってクロさんは、2mくらいの黒い化け物。
父親を信じるしかありません。
クロさんが、弟の足をつつこうとした瞬間、弟をふわ〜と横に置き、クロさんを捕まえます。
首尾良く一回で捕まるといいのですが、何度か失敗することもありました。
まあ〜弟もよく頑張ったものです。


しかし、こんな楽しいクロさんとの生活も、徐々に終わりが近づいてきました。
散歩を楽しんでいるクロさんを見ていると、やはり大自然に帰した方がいいと家族全員が思うようになってきたのです。


弱っていた子ガラスを父親が譲り受け、成鳥になるまで育てたのですから、もう役目は果たしました。
散歩をさせたまま、徐々に餌を与えなくしていくことに、、、、すると、それを察知したクロさんは、いつの間にか我々の前から姿を消していきました。


そして、数ヶ月後、どこかで「ばあちゃん」と鳴くカラスがいたという噂が耳に入ってきました。
クロさんは、元気にやっているようです。
                          

めでたし、めでたし


佐伯 惟弘


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