人間は自分の動き(運動)をしている
それは癖のある動きだ
それに対して、からだの動き(運営)がある
それは、自然法則に適った無理のない動きだ
からだの動きは気持ちいい
それは、感覚するしかない
それは、一瞬触れるだけだ
握むことは出来ない
だから戻ってしまう、忘れてしまう
そしてまた、一瞬、感覚する
感覚はうつろいやすい
そこで「行」を為すことになる
「行」は、感覚するためにある
その中にある働きを自分のものにするためにある
でも悲しいかな、忘れてしまう、サビついてしまう
だからまた「行」に参ずる
少しずつ研ぎ澄ましていく
準備を整えて待っている
どういう出逢い方をするか
こちらがどう味わうか
完成も卒業もしない
半蔵