東京操体フォーラム 実行委員ブログ

 操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

二日目

自分に無頓着になれる、とは、自分を極端にそぎ落とし、見えていない、見ていない新たな自分が見えてくるということです。
無心に我を忘れてやり通し続ける愉しみごとの学びが
、自分を越えた、つまり自分自身の姿なのです。自分越えが本来の自分自身なのです。それが無我無心の無垢です。刻時から空時の時、時間から間(マ)の時間への変換です。時元をこえていくと、空間です。
空間を越えると次元です。それが意識転換です。自分と離れる。距離をおくこと、そして自身との距離を近づけていく、それが自分を極端にそぎ落としていくことになる。そのことが自在の次元と共鳴し、共有するという生かされ方の状態である。生きている自分から生かされている自身への意識の転換が時元を越えるということです。自分を映し出している自分の姿が変わるというのです。意識が変われば瞬時に変わるということです。自分がかわる、現実が見えてくる。自分をみているとは、自分しかみていない、見えていないということです。