操体の臨床とは「触れる」こと。
目に見えるものだけではない。
目に見えないミッシングリンクを感じる。
例えば、大気や重力の関係。
私たちは、それから離れることはできない。
食べていても。
呼吸していても。
動かしていても。
考えていても、それに触れている。
生きているのだから、その責任を負う。
「操体」を学習し「操体法」を通し、
様々な機会において、操体の臨床をする。
その時触れるのは、自分の人生なのか、相手の人生なのか。
それは、何か遠くの意識であり、すべては繋がってくるのだろう。
故に、「操体」の臨床の際。
何が一番大切なのか、まずは明確にする。
本当の重心、本当の重力、本当の呼吸、自然法則に触れること。
さて、一週間のお付き合い有難うございました。
明日からは、瀧澤副実行委員長のブログです、お愉しみに。