東京操体フォーラム 実行委員ブログ

 操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

自然の法則にみる「快」と「楽」(2日目)

『息』の快と楽について
呼吸に関しては私の専門とするところであるが、操体では呼吸のコントロール法として腹式呼吸を提唱しているので、それに沿った内容で述べてみる。ただ、腹式呼吸は数多くの書物にも記されていることから、その方法については、あえて述べないことにする。その代わりに血液の循環系統から眺めた腹式呼吸の重要性及び呼吸の快と楽の関係について話を進めていく。
血液はまず心臓から押し出され、その動脈の力は強いので問題はないが、逆に血液を吸い入れる力は心臓にはないということだ。この心臓に血が還ってくる理由というのは、はじめに心臓から押し出されたときに、その血液の二分の一は手、足、頭、胸等に流れていき、残りの二分の一は腹部に流れて溜まることになる。そして心臓が空になると、組織の弾力と腹に圧力があり、腹にある血管がその圧力で収縮して今度は心臓の方に血が還ってくることになる。心臓から押し出されて血管が腹の方に入った後、心臓が空の状態になったときに、腹の血管が自己弾力と腹皮と横隔膜の圧力とで収縮し、今度はその血液が他に行き所がないから、再び心臓の方に押し上げられることになる。この時にもし、腹圧が弱ければ血が腹に溜まったままになってしまう。もっとも血管壁の弾力で少しは還るが、それだけでは不十分なので心臓に充分な血液が上がらない。そこで腹式呼吸により横隔膜を下げてやることによって、はじめて充分に心臓に血が還ってくることになるのだ。
人間のからだの血液循環は体全体の十三分の一で4.5ℓより多いことはない。ところが、その血液分配の半分以上は腹の中に入り、他の四分の一で筋肉を養い、その他の四分の一で脳とか皮膚とかの他の臓器を養っている。そうすると、脳とか皮膚とかいうのは実に哀れなものである。このように血液の分配は定まっているので横隔膜が弛緩していると、もとより組織や血管の弾力でそれを制限しているが、それ以上に血液が溜まってしまうことになる。ことに二分の一以上の血液が腹部に入ってくると、今度は全身を巡る血液が少なくなって貧血になる。こういった場合に横隔膜を下げる腹式呼吸が威力を発揮する。腹に血液が溜まっていることは腹自身にも悪い。腹に悪い循環しない血液がたくさん溜まっているから、良い血液の行きようがなくなってしまうのである。
このようにして腹から血液を押し出しても、足の方に下がったりする心配はない。腹と足との間には静脈弁というものがあり、血液が重力によって下がるのを止めてくれるのですべて心臓の方に還ることができる。腹式呼吸によって横隔膜を下げる結果、腹は前へ出て固くなり、血液が心臓に還るのである。心臓は胸に一つあるが、胸にある心臓はただ血液を押し下げるだけの「動脈心臓」であって、押し上げる方の心臓は腹全体がもう一つの心臓だ。いわば腹は「静脈心臓」なのである。
呼吸というものがこれほどまでに血流に影響を与えるということを解っていただけただろうか。そしてこの呼吸にも快と楽の感覚がある。内臓などの臓器は生命力を容易く実感できないのに対し、呼吸は直に生命の鼓動を実感できるものだ。そんな呼吸の中で楽な感じというのは、呼気、吸気が滑らかに行われている状態のことで、息を詰めることなく、息まないで、息を止めない、全身的な自然な呼吸のことである。この場合、楽な感覚が実感できるのは呼気においてである。また、楽に物を持ち上げようとする場合や、楽にからだを動かそうとするときも、自然に深く息を吐いているものだ。これに対して吸気では心の関与が加わってくる。呼気によって胸や腹部が緩んでくると、心が穏やかに落ち着いてきて、深くゆっくりとした吸気に変わり、心地よい快感に包まれる。このように吸気において快の感覚が生命の波動として訪れることになるわけであるが、こうなるには身心一如の次元が求められる。それに大いに貢献するのが腹式呼吸である。
明日は「食」の快と楽について



2011年秋季東京操体フォーラムは11月6日(日)、東京千駄ヶ谷津田ホールにて開催予定です。