最終日は五官のうち、 「利き耳」 についての 「ひだり理論」 を展開したい。 耳は、能動的な目とは反対に、気持ちを聴くとか、悩みを聴くというように、聴くという受動的な人の心に関する感覚器官でもある。 たとえば、患者さんに対する問診においても、視覚の左目線と同じように、耳についても 「左耳」 で聴くことで、ひだり重心に意識を通すことができるのである。
耳は脳に作用するだけでなく、自律神経の他、身体のあらゆる神経に影響を及ぼしている。 音を聴きとる聴覚神経だけでなく、身体の姿勢や運動を感知する三半規管からの神経は、脳内で自律神経と密接な関係を持っている。 特に自律神経は呼吸や心臓の鼓動、体温調節など、意識の支配下にはない生命活動の根幹を統制している。 それゆえ耳の機能低下は自律神経の失調を招く原因にもなっている。
これまで述べてきたように人間の身体は必ずしも左右対称ではなく、利き目や利き腕と同じように、耳にも 「利き耳」 がある。 音楽を聴くときは、左右ほぼ均等なのに対して、言葉を聴くときには左右どちらかの利き耳で聴きとっている。 また人間の身体と脳との関係は左右が逆になっており、右半身は左脳が、左半身は右脳がそれぞれ担当している。 脳の機能は左脳が言語や論理的判断をし、右脳がイメージや感覚、それに情緒的な事柄を受け持っている。
自律神経系に影響を及ぼすのは、左脳が行う言語処理の右耳ではなく、感覚的・情緒的な処理を行う右脳につながっている左耳の方である。 当然、からだの感覚を聴き分けるのも 「左耳」 ということになる。 ということは、「左耳」 で聴くことによって右脳を使うことになるので、心身のバランスを回復し、自己治癒する効果がある。 この時の脳波は、アルファ波が表れ、ベータエンドルフィンが分泌される。 これによって免疫細胞の活動が高まり、心身が癒され、ストレスが解消されることになる。
この 「利き耳」 についても 「目線」 と同じように、実際の 「耳」 そのもので聞くのではない。 脳の機能の中で音の情報を処理するのは、側頭部にある 「聴覚野」 と言われる部分である。 この聴覚野は耳の位置より少し上にある。 そして、左側頭部の聴覚野に耳をイメージして、その部位を 「イメージ耳」 として意識をおき、その 「ひだりイメージ耳」 から聴くことで耳が緩み、本当の意味での、からだの声に耳を傾けることができるようになる。
「ひだり理論」 における五官という感覚器官について少しコメントを。 まず、味覚である 「舌」 と触覚の 「皮膚」 は、対象物との距離がゼロ、つまり直近の接したところに生じる感覚である。 これに対し、視覚の 「目」 と聴覚の 「耳」 は離れた位置の対象物を捉える感覚器官になっている。 そしてその両方にまたがるのが、「嗅覚」 の 「鼻」 であるが、同時に鼻孔という呼吸器の出入り口でもある。
離れた位置の対象物を捉える視覚の 「目」 と聴覚の 「耳」 は、人間にとって動物学的にいちばん発達している感覚器官であるが、即ちそれは人類において、目と耳に大きく依存して生きているということだ。 そして人類は目の視覚と耳の聴覚とを 「連動」 させることにより、「フォーカシング機能」 を持つことができたのである。
このフォーカシングというのは、対象物に焦点を合わせて他と区別する機能のことで、他の哺乳類に比較して、より脳の機能を優位に活動させることができるようになった。 たとえば、西洋医学における診察においても、患者さんという個体の状態を目の 「視覚」 で認識し、聴診器という器具でもって個体の声を耳による 「聴覚」 によって聴くのである。 このように目と耳を連動させることは、人類の生存にとって最も重要で特別な働きを担っている。
おわりに、今回のテーマは私的にとても興味深いものだった。 テーマにもとづいて言いたい放題、縦横無尽に思考を放し飼いできた。 特に呼吸においては長年、個人的に研究してきたことから言いつくせないことが多々ある。 呼吸というものは身体の生理機能のなかでも極めて特殊な地位を占めている。 呼吸は自律的な機能であるものの意志によっても大きく影響を及ぼすことができる。 コントロールできる呼吸の速度や深さの促進は、心理的防衛を和らげ、無意識的、超意識的素材の解放や浮上へと導いてくれるのである。
明日からは香さんの担当です。 お愉しみに!
「操体マンダラ」は2021年7月22日(木)海の日に開催します。