「操体の常識は世間の非常識」という言葉は、東京操体フォーラムの実行委員の中では常識です。
私が操体を「これはすごい」と思った点がいくつかあるのですが、
「頑張らない」ということでした。
私は元々「根性」とか「頑張る」というのは疑問視していた子供だったので(どんな子だ)、
この言葉にはかなり惹かれました。
また、この言葉だけ拾って「じゃあ、だらしなくてもいいんだ」とか「やりたくなければ約束を破ってもいいんだ」という人もいましたが、「生体の歪みを正す」(橋本敬三論叢集)や「からだの設計にミスはない」を読めば、橋本敬三先生がおっしゃっていることが「だらしなくてもいい」とか「人に迷惑をかけてもいい」ということではない、ということがわかるはずです。
橋本敬三先生は「鍛錬とシゴキは違う」ともおっしゃっています。
鍛錬、というのは理に適ったからだの使い方、動かし方を用いて、身心の能力をアップさせることであり、シゴキというのは「理に適った」ことを度外視し、指導者がむやみやたらに苦行に近いことを強要することです。
似ているけれど、非なるものをしっかり見分ける。
それも操体を学ぶことで得られることだと思っています。