東京操体フォーラム 実行委員ブログ

 操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

 言葉について〜 「言葉の力」の文章より。

おはようございます。


人は言葉によって己の周囲に現象をつくりだすといいます。
善く思い、善き言葉を叙べれば、善き事が成り、悪しく考え、悪しき言葉を語るなら、物事は悪しくなるといいます。
だから、想つまり、精神活動の営み、心の営みというのが大変重要になってきます。
この、心の営みというのは、自分をとりまく様々な環境(人為、社会、自然)と息、食、動の調和の上に成り立っている。
そして、「環境」と自己最小限必須責任条件である「息、食、動、想」は、目には見えないが鎖の輪のように密接にかかわっており、同時相関相補連動性となっています。
言葉一つにも、発する人間まるごと全体の世界が表現されている、と言っても過言ではないと思います。
勿論、理念のない口先だけの言葉に力はないが、心とからだ、絶対的に自在するイノチとともに本当に善いと思い、口にした言葉ならば、すぐに事が成らなくとも、目に見えない鎖の輪は善き想いの方向に、密に調和していき、必ずや時節到来を迎えるのではないでしょうか。



今日は詩人であり、評論家であり、元日本ペンクラブ会長の大岡信氏の文章を紹介します。


 言葉の力        大岡 信

 人はよく美しい言葉、正しい言葉について語る。しかし、私たちが用いる言葉のどれをとってみても、単独にそれだけで美しいと決まっている言葉、正しいと決まっている言葉はない。ある人があるとき発した言葉がどんなに美しかったとしても、別の人がそれを用いたとき同じように美しいとは限らない。それは、言葉というものの本質が、口先だけのもの、語彙だけのものだはなくて、それを発している人間全体の世界をいやおうなしに背負ってしまうところにあるからである。人間全体が、ささやかな言葉の一つ一つに反映してしまうからである。

 京都の嵯峨に住む染織家志村ふくみさんの仕事場で話していたおり、志村さんがなんとも美しい桜色に染まった糸で織った着物を見せてくれた。そのピンクは淡いようでいて、しかも燃えるような強さを内に秘め、はなやかで、しかも深く落ち着いている色だった。その美しさは目と心を吸い込むように感じられた。

「この色は何から取り出したんですか」
「桜からです」

と志村さんは答えた。素人の気安さで、私はすぐに桜の花びらを煮詰めて色を取り出したものだろうと思った。実際はこれは桜の皮から取り出した色なのだった。あの黒っぽいごつごつした桜の皮からこの美しいピンクの色が取れるのだという。志村さんは続いてこう教えてくれた。この桜色は一年中どの季節でもとれるわけではない。桜の花が咲く直前のころ、山の桜の皮をもらってきて染めると、こんな上気したような、えもいわれぬ色が取り出せるのだ、と。

 私はその話を聞いて、体が一瞬ゆらぐような不思議な感じにおそわれた。春先、間もなく花となって咲き出でようとしている桜の木が、花びらだけでなく、木全体で懸命になって最上のピンクの色になろうとしている姿が、私の脳裡にゆらめいたからである。花びらのピンクは幹のピンクであり、樹皮のピンクであり、樹液のピンクであった。桜は全身で春のピンクに色づいていて、花びらはいわばそれらのピンクが、ほんの先端だけ姿を出したものにすぎなかった。

 考えてみればこれはまさにそのとおりで、木全体の一刻も休むことのない活動の精髄が、春という時節に桜の花びらという一つの現象になるにすぎないのだった。しかしわれわれの限られた視野の中では、桜の花びらに現れ出たピンクしか見えない。たまたま志村さんのような人がそれを樹木全身の色として見せてくれると、はっと驚く。

 このように見てくれば、これは言葉の世界での出来事と同じことではないかという気がする。言葉の一語一語は桜の花びら一枚一枚だといっていい。一見したところぜんぜん別の色をしているが、しかし、本当は全身でその花びらの色を生み出している大きな幹、それを、その一語一語の花びらが背後に背負っているのである。そういうことを念頭におきながら、言葉というものを考える必要があるのではなかろうか。そういう態度をもって言葉の中で生きていこうとするとき、一語一語のささやかな言葉の、ささやかさそのものの大きな意味が実感されてくるのではなかろうか。美しい言葉、正しい言葉というものも、そのときはじめて私たちの身近なものになるだろう。
               
      ― 中学校『国語2』、光村図書出版 ― より



友松 誠。



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