東京操体フォーラム 実行委員ブログ

 操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

私のズッコケ操体クロニクル ④  昨日の続き

 私は本来、朝型タイプなので夜は苦手な方だ。 それなのに夜型開業セラピーにハマってしまうなんて成行きとはいえ自分でも信じられない。 こんな生活を続けて1年が過ぎた頃、私が最初に開業する前に勤務していた催眠療法センターの所長から電話をもらった。 

 

 スタッフが急に辞めることになったので、手伝ってもらえないかということだった。 私は今、ボディワークに変えたので無理だと伝えたが、今週末に入っている予約を断れないのでどうしても来てほしいと懇願された。 ブランクもあるのでやはり難しいとお断りしたにもかかわらず、サブを付けるからと言って引かない。

 

 仕方なく、行くことになった。 被験者は6人、久しぶりに精神療法のリバーシンググループを行ったが、どういう訳かしんどさが全くなかった。 精神的に疲れてやめたはずなのに、これならいけるかなと思った。 それよりも何より昼間のワークがいい。 この1年のナイトワークで私の中では不健全な夜というイメージが根付いてしまったようだ。

 

 これがきっかけで昼間の活動に憧れるようになってしまった。 そもそも何故、都市部で開業したのか、すっかりそれを忘れていた。 私は食べることよりも料理することにとても興味がある。 大阪に来れば、「男の料理教室」 なるものがある。 昼間、ボディワークの仕事の後、夕方からはそんな料理教室に通うのが当初の計画であった。 それが夜専門の施術院になってしまうなんて番狂わせにもほどがある。

 

 朝型人間の私としては、こんな生活は長くは続かないと常々思っていた。 ひょっとするとここから抜け出すきっかけを探していたのかも知れない。 そんな時に珍しい患者がやって来た。 カイロプラクター養成所のスポーツトレーナ科で共に学んでいた友人である。 友人と言っても私より一回り年下の私学高校で英語の教師をしている男性だ。 

 

 現在も英語教師をしている彼は陸上部の部活の顧問もしている。 そんな彼が引越しの手伝いで腰を痛めて当院にやって来たのだが、お互いに顔を見てびっくり! ここに来たのは偶然ではなく、スポーツトレーナ科で操体法(初期の操体法)を少しかじって知っていたので、たまたま当院の看板を見て予約なしの飛び込みで来院したのである。 

 

 カイロプラクティックじゃなくて、なぜ操体法をやっているのか? と聞かれたので、操体院開業の経緯を説明すると、ああなるほど、それなら理解できるね、と納得していた。 彼の施術を終えた後、彼から、うちの部活のトレーナをやってくれないか、主にスポーツ障害の部員を見て欲しいという。 部費の関係で月1回のペースで来てほしい旨、依頼された。 これは快く引き受けた。 からだの使い方、動かし方を中心に部員を指導することにより、障害を防止するいわば操体トレーナとして活動することになった。

 

 数日後、開院時刻すぐに電話が鳴った。 出張施療の問い合わせであった。 HPの検索から見つけたという。 出張先を尋ねると、何と、私の自宅に比較的近いところだった。 操体をどこで知ったのか、聞けば橋本行生という名のお医者さんが主幹する家庭療法研究会で知ったそうだ。 近くで操体法の施術院を探していたので早速電話してきたということだ。