東京操体フォーラム 実行委員ブログ

 操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

共に進化している生物②

昨日のブログに、緑色をしている葉っぱの真実を書いたので、今回は

そのことについてもう少し、噛み砕いて書いてみたい。

 

あの太陽の光を、可視光エネルギーとして「波長」で分類してみる。

 

それは、植物が行っている光合成の素でもあり、日中に酸素を供給す

る源でもあり、動物もその恩恵を吸収して化学反応を起こしている。

 

光合成とミトコンドリアは、酸素を受け取ることによってそれぞれに、

葉緑素とATPを作り出し、生命の維持および成長して次世代へ繋げる。

 

植物の光合成で、必要なのは「クロロフィル」と「カロテン」であり、

その主役であるクロロフィルは、緑色の波長をほとんど使わない。

可視光とは、視力による波長という太陽光のエネルギーそのもの。

 

だからこそ、動物や人間も植物の養分を食することで、その源を体内

に取り入れる、つまり感覚を通じて栄養化するのことになる。

 

ここで重要なのは、見えにくいものが見えるという価値である。

 

エネルギーの分布は、長い赤の770nm波長から、短い紫の380nm迄

であるが、そうするとエネルギーの波長からしても、可視光として

確認しやすいのは、間にある色彩、「緑の550~490nm」となる。

 

「植物」がもし、利己的な考えを持っているなら、速く成長し繁茂

を続けることのできる色彩、それは「黒色」。

 

葉っぱの色は、本当は「黒色こ」そベストな解、全ての可視光エネ

ルギーを余すことなく吸収しやすいのだから。

 

植物はその選択をあえて選択せず、緑の波長を、わざわざ反射して

動物に与えるということを、進化の最中でもかたくなに守っている。

 

それは、共生し共存すること。

共鳴し、共感を可能とすること。

「共有感覚」の真実は、植物の「葉っぱ」の色彩を見ると解る。

 

真理とは愛。呼吸を通して感覚すること。

これも共有できるのだ、と学んで実践して進化をしてきたから解る。

 

もし、植物の葉っぱが黒色になっていたらと、イメージしてほしい。

 

「うる星やつらの面堂終太郎」ではないが、多分私自身耐えきれず、

『ワ~ン!暗いよ~狭いよ~怖いよ~』と叫んでしまうだろうなぁ。