「息」「食」「動」「想」
これらの営みのそれぞれには、法則性がある。
「からだ」という自然由来の生命体には貫通しているルールがあり、
4つの営みはからだを通じて関係深くあるので、互いに影響を及ぼしあっている。
そのいのち宿りしからだを使わせていただくにあたって、
こういった法則があることを知っているか否かは、
からだとの関係性にも、影響を生み出す。
かつて、わたしにはそういった明確な意識はなかった。
故に、操体を通して、学校では教えてくれない生きる上でのこのような基礎知識の存在を知る機会を得たことは大変ありがたかった。
法則があり、それに適うような生き方をするかどうかは、本人に委ねられている。
先に挙げていた基本的な生命活動の4つの営みに関しては、原則として本人にしか担うことのできない自己責任の領域であるという。
ルールに適うような生き方は、からだが営んでくれている様々な生命活動に対してもやさしいものとなり、逆に適わないような生き方を続けることはからだにとってはそれ相応の負担となってくる。
しかし、知っていても、なかなかそうはできないものだ。
とてもありがたいなあと感じるのは、からだの方では、そんな自分勝手な本人の生き方にも、黙々と付き合ってくれていることだ。
わたしがどんな生き方を実践するかにちょっと疲れたら、
わたしも黙々と、からだのいき方をみつめていられればいいのではないかと想う。