目に見えないから不安になる。それはすごくわかる。
身近なところでも、「何を信じていいのか分からないねえ」という言葉をよく耳にするようになった。
確かにここのところのニュースからはそんなふうに感じる。
電磁気力という力がある。
小学生の頃、理科の授業で棒磁石の周りに砂鉄をまくと、ある方向に沿って砂鉄の模様が出来上がる実験をした。この砂鉄の模様は、普段からそこにある「電磁場」が可視化された状態なんだそうだ。
難しいことは抜きにして、普段目に見えていなかった電磁場が、磁石と砂鉄によって目に見える状態になったということだ。
電磁場に限らず、視覚で捉えられないけれど、あるものはある。
「目に見える」より先んじて、「目に見えない」が存在している。
何か目に見える基準があれば、安心できるのかもしれない。何かを信じられるようになるかもしれない。ただ、こんなときだからこそ、普段見えなかったこと、気づけなかったこと、本当は気づいていたのに見て見ぬふりをしてきたことに光が当たるチャンスでもある。
何を信じていいのか分からなければ、「からだ」にききわけることもできる。
言葉や目に見える形で飛んでいたもの以上に、その背後にあるものや何かの存在に気づけるかもしれない。
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