東京操体フォーラム 実行委員ブログ

 操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

目に見えないものに、目にみえないもので、

今回のブログは今日で最終日となります。

「この時代の暮らし方・私の免疫力アップ法」をテーマに、自然と自分の中で興味の対象となっていた他者のこと、それを踏まえたときのいまの自分自身のことについて、書いてきました。

 

最後は、ちょうどこういったことを考え始めていた時に大きな示唆を与えていただくきっかけにもなった、私の尊敬する能楽師の大蔵流狂言方で人間国宝の山本東次郎先生が配信した動画を紹介したいと思います。

 

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恐らく東次郎先生がこういった動画を「配信」することは初めてだと思いますが、このコロナ禍のなか、様々な動画がアーティストや芸能関係者から配信されている中で、ストレートに、いまこの瞬間を精一杯生きている人たちに向けてのメッセージを、「狂言方」という立場から発信しているところが、東次郎先生らしいと感じます。

 

動画の中で「ああ、自分はこういう話が聞きたかったんだ」と感じたのは、「ソーシャルディスタンス」についての捉え方です。見えないウイルスと向き合う中で、私たちが取らざるを得なくなっているこの他者との距離感を、東次郎先生は「礼節」という、切り口から語られています。

 

「礼儀」や「礼節」は、古い日本人が大切にしてきたもの。能や狂言という伝統ある芸能の中にも、決して軽んじられることなく、今もなお暗黙のうちにその芸の随所に宿っている姿勢です。私のようなものが言える事ではないので、東次郎先生の言葉を借りれば「舞台の上から、観客に対しての礼儀」であり、また能舞台の上で描かれている「古い日本人の人と人との接し方」の中にも自ずと表れていたりと、あらゆるところに見え隠れしています。

 

こういった「礼節」という視点から、他者との距離感を見直してみることで、少し発想を変えて、「ソーシャルディスタンス」とよばれているある種の生活様式を捉え直すことができるんじゃないだろうか、というような視点が語られています。

 

興味のある方は、動画を覗いて、直に感想をもっていただけたらと思いますが、私はこのメッセージを聞いて、自分が「自分」のことばかりに気を取られていたんだということを教えてもらいました。そういう時って、逆に息苦しくて、窮屈で、しんどいもの。

「自分の為に」から出発するんじゃなく、「相手を尊ぶ」というところからスタートすることで、気付かないうちに心のどこかで相手を拒絶しようとしかけていた自分が消えて、変な言い方になってしまいますが、寧ろ「相手」がいるからこそ感じらるものが生まれ、「他者の存在」が在っての自分の振舞い方に意識を向ける、という流れの中に身を置くことに繋がるんだと思います。

そしてその結果として、「自分も尊ばれていられる」という自身に対して向けられる「礼節」としても自然と循環して還ってくるんだということを感じました。

 

目に見えないウイルスに対して、これもまた目にはみえませんが、様々な「意識」の持ち方によってこの局面に対応する術を、「人間」だったらとれるんじゃないだろうか。そんなことを教えていただいたように感じています。

 

一週間のお付き合いありがとうございました。

明日からは友松実行委員が登場です。私もたのしみにしています。