「患者が動けないのは操者が悪い」
当時のこの三浦先生の言葉と向き合いながら、講習だけでなく、実際の臨床でも実践出来る動診の介助、補助を身に付けることを一つの目標にし、心機一転この学びと向き合おうと決心したのが3~4年経った時でした。
介助の手の使い方をお風呂の中でもイメージ出来る位にいつもそのことばかり意識を向けていたように思います。
畠山先生からいつも「三浦先生になったつもりで」という助言も力になり、実践でも出来るかなという手応えを感じ始めた時に、身近な人達を相手に練習を兼ねた臨床に望むようにもなりました。
しかし自分の望んだ結果が出なかったことの方が多く、失敗の理由と解決策もずっと分からない中、講習では次のステージである「皮膚の操法」に移行しました。
動きに対するもやもやした感じがぬぐえない中で、皮膚の学びは最初すんなり入っていけませんでしたが、この学びの中で掴んだことが後に動きの介助・補助の理解に繋がっていったことは鮮明に覚えています。
そこで掴んだことは動きに対するアプローチの中で自分に足りなかったものとそれまでの学びの中で掴んできた点を線にしてくれたように思います。
その足りなかったものの一つは臨床の中で「きもちよさの共有する」ことでした。