吐く息(呼気)を通しながら体を動かすことは、あらゆるエクササイズ
でも、当たり前のように指導されていますよね。
これは、体一つ一つのパーツが意識しやすくなることによって行われて
いると思うのですが、逆に、全身のつながりは意識しないと、もしくは
訓練しないと、動きの糸をたるませた状態の部位別になってしまうよう
な感覚になりがちです。(理解し、それを狙う訓練なら、いいんです)
それを、吸う息(吸気)を通しながら「からだ」をうごかすことにする
と「うごき」はゆっくりになりやすく、そのゆっくりとなったうごきは、
常に、緩みすぎることなく、張りつめずのような状態でつながります。
それは、「吸気」と「うごき」が、全身につながってくる固有感覚です。
四肢末端から、全身のつながりを感じながら、流れるうごきをつなげる。
そんなことが可能となってくる、ということに気がつかれるでしょう。
このように「操体」の臨床と生活における生かし方とは、呼吸一つとっ
ても、感覚をきき分けること。
自分の意識というよりも、「からだ」そのものが感じているものを受け
とり、自身の感覚としてのスイッチも入りやすくなるのです。
いたいうごきや、つらいうごきが、不快なうごきなのでなく、そのもの
の感覚を、シンプルにきき分けている、「からだ」の、もともとの働き
によって、「快」つまり、不快が消えることは、臨床でも多く感じます。
生活にこれを活かすときには、様々な工夫を覚える必要などありません。
なぜなら「からだ」には、ある一定のルールが存在しているからです。
(続く)