東京操体フォーラム 実行委員ブログ

 操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

ゆっくり、ゆっくり。


80代の腰椎症(重度の圧迫骨折)のRさんから聞いた話です。

腰下肢痛は最近はかなり治まっていたのに、昨日から痛みが再発したとのこと。「原因は停電のせいだと思うの」と謎の発言をされたので、どういうことですか?とききますと…。

 デイサービス日、巡回バスに乗ってセンターに着くとビル全体が停電しており、いつ修理が終わるか不明だそうです。そのため、同系列の他のビルで、イベントにだけ使うスペースで半日過ごすことになったということです。

いつものように、カラオケ、ゲームや体操でからだを動かしたり、趣味の手作業をしたり、と、活動内容はいつもどおりだったのですが、場所が変わって何が起きたのでしょうか。Rさんの分析はこうでした。

 慣れない場所での活動で、微妙に緊張していた。

 床暖房のある部屋でなくなり(防寒の準備が不足していた)、足下が冷えた。

 高齢者の方々用にあつらえた椅子ではなく、事務用のパイプ椅子に長時間座っていた。
 トイレの場所が遠く、かつ廊下に手すりがないので、スタッフさんに手を引いてもらい、自分のペースで歩けなかった。


そのため、いつもより冷え、疲れた結果、腰痛が悪化したのでないかとの推測でした。

 その中で気になったのは、最後の「自分のペースで歩けなかった」という点でした。普段はレクチャースペースからトイレまでは、廊下に手すりがついており、Rさんは椅子からの立ち上がりと、手すりまでの4、5歩だけ介助してもらっていたのです。この日は70mほどの距離を20代の新人ヘルパーAさんが歩行の介助をしてくれて、ほんのちょっとだけ、Rさんの歩みよりも早く手を引っ張っていたのが気になったそうです。
 もちろん、Aさんは親切な良いスタッフで、やる気のある女性だったので、「もうすこしゆっくりでお願いします」と言いづらかったそうです。彼女のいつもの歩きよりはずっとゆっくりだったし、まさかそれくらいのことで腰痛の再発につながるとも思わなかったから言わなかった、というのもあったでしょう。

このデイサービスには、自立歩行可能な方から寝たきりに近い方まで通所しています。肉体労働も多い仕事ですが、スタッフの中には60才近いかたもいらっしゃいます。Bさんとしましょう。
Bさんは、ここで働く前は専業主婦でしたが、家族を2人の介護し看取った経験があり、立ち座り、車椅子から椅子への移動、歩行介助、どんなときも皆が安心できる、と皆が口を揃える大ベテランです。からだを預けるのに、こころから任せられる数少ないスタッフというのはそうおらず(Bさんが飛び抜けて上手、ということかもしれません)、自らも介護経験もあるRさんは「こういう(歩行を任せる)ことばかりは一朝一夕には身につかないのよね。」とおっしゃっておりました。


 ところで、以前、身体技法の介護術のセミナーを3日間受けてきたという知人が「家に帰ったらできなくなった」残念がっていました。それはそのはずです。確かにその時は、先生の指導のもとに、彼女は何かをつかみかけたかもしれません。しかし、それを毎日続けて、異なる条件のからだで試して、どんなからだでもできるようになってこそ本当に身についたということなんだな、ということなのでしょう。


話を戻しますが、先に話してくださったRさんは、
「ひとりひとりからだはちがうのよ。それに同じ人でもからだの具合も変化するし、天候によっても違うの」
「Bさんはひっぱるのではなく歩くのを支えてくれる感じ。スピードがゆっくり。目も前ばかりじゃなくて私の方とかいろいろ見ているけど自然なの。若いスタッフは前ばかり見てるわね」
「からだが安心して、任せられるってかんじ。」
という鋭い観察力で話を続けてくださいました。Bさんはからだの動きがすっかり「身について」いて、「自然に」全身が協調して働いているのだと思います。見ず知らずのBさんの介助の様子が目に浮かぶようでした。会ってそのさりげなさを見てみたいという気になります。


操体臨床の第二分析でも、このゆっくり、相手の動きに少し遅れてついていく(歩行の介助はのう少し違うパターンもあるでしょうが)のは、介助の基礎中の基礎です。そうでないと患者さんは、気持ちのよさで治るために必要な感覚分析ができないからです。

私も毎回できているのか、身についているのか、常に気をつけていないといけな、と反省したばかりだったので、Rさんの話は心に響きました。


ゆっくり、ゆっくり。
あいてのあゆみ(動き)に沿って、自分はついていくように。

まだまだ修業は続きますなあ…。


森田珠水


2011年東京操体フォーラム分科会は4月29日に千駄ヶ谷津田ホールにて行います。http://www.tokyo-sotai.com/

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