東京操体フォーラム 実行委員ブログ

 操体のプロ、東京操体フォーラム実行委員によるリレーブログ

神経症8

 日下が担当する今週のテーマは「神経症」、前回ブログの続き。

 神経症においては自分の感情との断絶という精神の分裂を伴うことになるが、その分裂をもたらしているのは幼児期における、決して愛してもらえないという恐ろしいまでの孤独な絶望感である。たとえどんなことをしても自分の要求は永久に満たされないだろうという希望のない認識を、子どもは否定しなければならない。子どもにとって、自分は無視されているとか、だれも自分に関心を持ってくれていないと知っていれば、とても生きてはいけないからだ。自分に対する批判をもう少し父親に和らげてもらい、母親にももっと優しくしてもらう方法がまったくないなどという思いに、子どもはとても耐えられないのである。

 そこで子どもが自分を守る唯一の方法として、両親の愛に代わる要求を生みだすことである。それがほかならぬ神経症だ。年中両親に痛めつけられている子どもを例にとってみると、その子は学校に行っても教室ではきっと喋り続けるに違いない。そこで、教師はその子に厳しくあたることになる。校庭にいてもその子は、休みなしに自慢話をするので、他の子どもたちは、その子を避けるようになる。

 そしてその子が大人になると、ミシュランの星印がつくような一流ホテルの豪華なVIPルームのように、他人の目には明らかに象徴的なものに対するやみがたい要求を持っているばかりでなく、声高に要求もする。しかし、たとえそのVIPルームのゲストになったところで、自分の重要さを感じたい要求は決して解消されることはない。そうでなければ、外で宿泊をする度に同じことを繰り返す理由があるだろうか。自分は価値ある人間だと認識されたいという意識はされていなくても、現実の要求から分裂しているために、さまざまなしゃれた豪華一流ホテルの支配人から名前を挙げて挨拶されることから、自分の存在意義を引き出しているにすぎないのである。

 子どもたちはさまざまな現実の生物学的な要求を持って生まれてくるのではあるが、どういうわけか、両親らはそれらを満たしてやることはない。それはただ単に子どもの要求を読み取れないためかも知れない。あるいはどんな誤りも犯すまいとする気持ちから、子どもの養育に関する厳めしい権威者の忠告を守り、時計とにらめっこして子どもを抱き上げ、航空会社もうらやむほどの予定表に則ってお乳を与え、マニュアル化した成長図表にしたがって乳離れをさせ、できるだけ早い機会にトイレの躾をしているのであろう。

 しかしながら、歴史が始まって以来、実に多くの人間が神経症にかかってきた原因を、無知や手順を重んずる熱意だけで説明できるとはとても思えない。子どもたちが神経症にかかる大きな原因は子どもたちの両親が、自分たちが子どものときに満たされなかった要求にあまりにもとらわれているためであるということがつきとめられるのである。

 そんなわけで、自分を大事にしてもらいたいがために妊娠する女性もいる。自分を大事にしてくれることを彼女は生まれてこの方ずっと望んでいたのである。だから妊娠して自分が注目の中心にいるかぎり、彼女は幸福である。しかし、いったん子どもを産んでしまうと、酷く気が滅入ることになる。妊娠していることは自分の要求を満たす手段であって、この世に新しい人間を送り出すこととは何の関係もなかった。新生児が生まれ出てきて、その母親から他人の心配りを引き出すことができた一時期を奪ったために、赤ん坊がその母親に苦しめられることすらある。そして母親になる準備ができていないのでお乳が出ず、自分自身が生まれ落ちてすぐになめた剥奪の苦しみを同じように新生児に与えることになる。このようにして、両親の罪は、永遠に終わることがないと思える円を描いて、子どもたちを見舞うのである。

 そんな哀れな子どもたちが大人になって立派な神経症を抱え込んでしまうようになるのであるが、このような神経症に対して効果的な療法は見当たらないのが現状だ。しかしまったく皆無というわけでもない、私が試みた神経症に対する精神療法で思った効果がでなかったとき、自己催眠誘導による「心地よさ」を味わったことでいちじるしく改善したクライエントがいる。今後、こういった「快適感覚」というものがこの分野でも大きく期待されるものと私は信じている。
明日につづく


2014年4月27(日)
東京操体フォーラムが開催決定!
会場は東京千駄ヶ谷津田ホールです。

「入眠儀式 快眠・快醒のコツのコツ」
是非お越し下さい。

http://www.tokyo-sotai.com/?page_id=644